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ケネディ暗殺 

 ケネディ大統領がダラスで暗殺されたのは1963年11月22日(現地時間)だった。このニュースは当時の小学生以上だったら皆鮮明に覚えていることだろう。僕は13歳、中学2年生だった。

 この日は翌年のオリンピックを控え、日米間でテレビによる宇宙中継の実験初日という記念すべき日でもあった。人工衛星を使って電波を中継する仕組みは現在と同じであるが、当時は静止衛星がまだなく、周回している衛星が電波を中継できるところにうまく入った間の20分程度だけ中継が可能となり、次に中継可能となるまで3時間ほどかかるような状態であった。この日の宇宙中継の予告は以前より宣伝されており、僕はこの日を楽しみにしていたのである。

 今調べてみると、第1回目の中継は午前5時27分から20分間、2回目は午前8時58分から17分間行われている。当日は勤労感謝の日だったので1回目の中継も2回目の中継も見ている。

 1回目は砂漠の風景が映し出されるだけのつまらない内容だったと思うが、2回目の中継になって画面全体に現れたのは、手で紙に書いた、うろ覚えながら「ケネディ大統領が暗殺されました」というタイトルだった。始めこれを見たときはしばらくは何のことか分からなかった。最初は音声もなかったように思う。次いで、「これは輝かしい日米テレビ中継の2回目のテストであります。その電波にのせてこのような悲しいニュースをお送りしなければならないのはまことに残念に思います」と急遽放送することになった、正規のアナウンサーでない毎日放送ニューヨーク特派員前田氏の声が流れてきた。

 その日から連日新聞やテレビはケネディ暗殺の記事でいっぱいであったが、事件の2日後の11月24日に犯人と目されていたオズワルドが移送中に新聞やテレビの記者の前で射殺されるにおよび、事件の興奮は最高潮に達した。今思うと同時多発テロと比べてもこの時の衝撃は優るとも劣らない。自分が歴史的瞬間に立ち会っているという実感を感じた初めての瞬間だった。

 一つの銃弾によって宇宙中継で放送されることになっていたケネディのスピーチを始め、すべての予定が狂ってしまった。もしもこの銃弾がなかったら世界は確実に違う方向に進んでいたことだろう。
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[2008/11/10 00:51] 未分類 | TB(0) | CM(0)

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