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キューバ危機 

 今では忘れ去られたように事件だが、僕には世界の行方というもの、というより全面戦争による世界の終わりを生涯で初めて身近に感じた一瞬であり、このような経験は後にも先にもない。

 事件を知ったのは1962年10月22日、ケネディがテレビ演説でキューバにソ連のミサイルが持ち込まれていることを発表した時だ。僕は中学1年生。9月に九州から東京の公立中学に転校したばかりのことだった。
 朝学校に行くとクラス中がその話題で持ちきりで、今にも核戦争が始まらんばかりの悲壮感が漂っていた。新聞やテレビの影響が大きかったのだ。

 事件のあらましはこうだ。
 10月14日アメリカ空軍のU-2偵察機がアメリカ本土を射程内とするソ連製中距離弾道ミサイル の存在を発見した。
 U-2 偵察機というのは真っ黒く翼の長い偵察機で、当時の戦闘機では迎撃できない、上空25000mもの高々度成層圏を飛行し共産圏のミサイル基地などを偵察していた飛行機である。なお、この偵察機は1960年5月1日にソ連領空を飛んでいたとき、ソ連が開発に成功した地対空ミサイルによって撃ち落とされたことがある。この時も世界は大騒ぎしたものだ。

 ともかくアメリカは、キューバ国内にあるミサイルの撤去を求め、グロムイコ駐米大使を呼んで通告を行っている。これが10月18日。同時にソ連との全面戦争に備えアメリカ国内の核弾頭搭載の弾道ミサイルを発射準備態勢に置き、ソ連も国内のミサイルやキューバのミサイルが発射準備に入った。同時にアメリカはキューバ海域を封鎖し、新たなミサイルの上陸を阻止する。

 折しも、キューバに向かうミサイルを積んだソ連の貨物船が発見され、一触即発の危機は一層全世界の新聞を賑わせた。
 世界が固唾を呑んで見守る中、10月28日フルシチョフはモスクワ放送でミサイル撤去の決定を発表し、貨物船を引き返させることになった。後に報じられたテレビでは貨物船がUターンをして引き返す映像が流れ、世界中で安堵と喝采を浴びた。僕にはこの映像が鮮明に記憶に残る。この危機を境に世界はデタントに向かうことになった。

 この間の出来事を映画にしたのが『13デイズ』で、コビン・ケスナーが主演している。まだ見ていないが。
 また、この2年後にフルシチョフは失脚することになるが、彼はキューバ危機におけるアメリカへの弱腰が非難されたという。

 この時ほど、核のボタンに手が近づいたときはないかも知れない。もしもボタンが押されていたら、米ソの大都市やキューバは完全に破壊され、他の国も戦禍を免れなかっただろうし、今の世界は気候の狂いと大気汚染による病気や飢えと経済の疲弊で地獄の有様になっていた可能性すらある。あれからもうじき半世紀が経とうとしている。思い返すと感慨深い。
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[2008/11/18 11:43] 未分類 | TB(0) | CM(0)

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