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戦争遺跡 

2009年1月11日、立花先生はじめ我が立花ゼミの大学院生、セカンドステージの学生、学部の学生、東大の学生など19名は、東京都八王子高尾にある「浅川地下壕遺跡」の見学に行き、同遺跡保存会の会長をなさっている十菱先生と事務局長の日高さんのご案内で、地下壕の見学エリアを一通り見学させていただいた。

「浅川地下壕」は戦争末期に陸軍によって掘られ、空襲を予期した中島飛行機の航空機エンジン製造の工場として使われたところである。この地下壕は3カ所の山の中に掘られているが、今回はそのうち、イ地区と呼ばれるほぼ完成し工場が稼働した壕と、ハ地区と呼ばれる完成に至らなかった壕を見学することができた。

壕の中は大体幅4メートル、高さ3メートルを標準に掘られているが、全域にわたってダイナマイトで崩れた岩盤をつるはしとスコップで整備しただけであり、ごつごつした岩肌とでこぼこ道が続く足場の悪い「坑道」そのものである。
坑内

坑内は1年中気温が15度前後、湿度80~90%という気候条件で、工場が稼働してもすぐに錆が発生するような状況であり、精密機械であるエンジンの製造にはふさわしくない。このような場所でも工場として甘受せざるを得ない当時の技術者の置かれた立場には深く同情してしまう。多くの人は時代の奔流の中で個人の思考を特定の方向に向けざるを得ず、自由な行動が許されない中でひたすら「事態の打開」を受動的に待ち受けるばかりであっただろう。

この時代ばかりではない、常に時代におもねる調子者がいて、権力を背景に個人の自由と尊厳を制約し、懐疑を抱くものを罵倒する。権力は軍や政治家や役人だけにあるのではない。言論人にも隣組にも婦人会にもマスコミにも存在する。いや誰もが事大主義的な「闇」を多かれ少なかれ持っている。この自覚なくして平和を唱えるだけでは烏合の衆と変わらない。

それにしても、浅川地下壕に関係した人達はその虚しさを自覚していただろうだけに、無駄な戦いに参加した切なさを戦後も味わったことだろう。
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[2009/01/13 00:32] 未分類 | TB(0) | CM(0)

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